第144章 どういたしまして、奥さん

有岡里穂がそう言い終えると、係員はようやく納得したように小さくうなずき、手続きを続けてくれた。

背中が遠ざかるのを見届けて、里穂はほっと息をつく。振り返った瞬間、首をかしげた阿部蓮太郎と目が合った。瞳の奥に、薄い笑み。

男は声を出さない。ただ唇だけが、わずかに動く。

距離はあったのに、里穂にははっきり読めた。

――俺のこと、好き?

頬がかっと熱くなる。里穂は視線を落とし、わざと分からないふりをして、足早にロビーのほうへ逃げた。

それから三十分。

すべての手続きは滞りなく終わった。

手にしたばかりの婚姻届受理証明書を見つめながら、里穂はまだ実感の湧かないまま、胸の奥をくすぐられ...

ログインして続きを読む